【日記】外側半月板損傷で人生初手術を受けた話 ~入院編~
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10連休のGWみなさんはいかがお過ごしでしたか?
いやー、長い10連休が終わって5月病と一緒にすっかり仕事ムードになっちゃいましたね。
僕のGWは有給を使って13連休でした!
GWを有効活用して、何をしていたかと言うと…
右膝の手術を受けました・・・。
病院に入院するのは人生初で入院前は少しワクワクする気持ちもあったワケですけど、
別にツライだけで何も面白いもんじゃなかった。
期間的には、4月24日~4月26日の間だけ病院に入院をしてまして、4月27日に退院してきました。
内容的には、↓の過去記事の続きの話になりますね。
【日記】ゲームで膝をケガしてました(外側半月板損傷)
退院してから少し時間が経過しちゃいましたけど、もしかしたら同じ内容で困る人がこれから出てくるかもしれないので、入院中に何があったとか、全身麻酔ってどんな感じとか、術後の具合について、自分用のレポートも兼ねて書きたいだけなので文字多めです。
(入院前はブログネタうめぇとか思ってた自分を殴りたい)
ゲーセンで足をひねってケガをした
事の発端はダンスラッシュのT-ステップで、滑りを悪い靴を履いていた為に起こってしまった事故でした。というより、完全に自爆でしたね。1クレ終わった後の右膝の具合がおかしいことに帰り道で気付きました。
歩くたびに右膝に何か引っかかるような感じがして、膝を伸ばしたり曲げたりするときに「コクッコクッ」と音が鳴りながら曲げると若干痛むようになってしまいました。
まぁ、数日寝て安静にしてれば大丈夫だろうと、そのときは思っていた訳ですけど、コレが見事なまでの死亡フラグでしたね。
先に手術費用の合計金額などを伝えると、病院の入院費と手術費用で15万円近く掛かりました。
1クレ100円のゲームで例えると、1500クレジットですね。
バカ高いじゃねぇかよ、オイ。
全く治る気配が無い膝のコクコクが気になる
いよいよ、寝ても覚めても膝のコクコクが気になるようになってきました。
特に日常生活で苦しめられるような場面はあまり無かったけど、階段を下りるのが怖くなったり、靴を脱いだりするときの姿勢が変になっていて、最後には本気で走るのも痛くてできなくなっていました。
日常生活なら我慢できるけど、軽い運動もできなくなったことに不満が募り、ちゃんと医者に見て頂いた上で、GW中に手術することを決意しました。
半月板損傷ってどんなケガ?
サッカー選手とか膝のひねり過ぎでなってしまったりするらしいですね。
最近だと過去のおかあさんといっしょでもおなじみのひろみちおにいさんも同様に半月板損傷で手術を受けたそうです。
ひろみちお兄さん、半月板損傷で入院していた トレーニング中に「バキッ!」で動けず
自分の場合、バキッという感じは無かったですね。というより、ゲームに夢中で気付かなかっただけかもしれないけど、残念ながら自然治癒するケガじゃないので、膝に違和感があったら直ぐに外科に診に行って、早いうちにMRI検査などを受けましょう。
最悪の場合は、ケガが悪化してロッキング状態という膝が曲がらない状態で固定されてしまうケースもあるようなので、若いのに膝に違和感がある人は今すぐ医者に診てもらってください。
医者から説明を受けた上での2択攻め
1.このまま我慢して過ごす一生か
2.手術を受けて治す方法を取るか
どっちも辛そうだけど、現状維持も最悪なので2の手術をする道を選びました。
入院日は手術日の前日から始まる 入院1日目
病院に来て即手術という訳にも行かず、手術日の前日の午後から入院でした。
全身麻酔と手術を受けることについての誓約書を書きまして、もしものとき用に連帯保証人もバッチリ書かされました。
ちなみに、全身麻酔の死亡確率は0.02%ぐらいだそうです。確率的には飛行機の墜落事故と同じぐらいとか、よく分からない例えも添えてありました。
手術を受けるのに死亡するリスクも微妙にあると思うと少し怖かったですけど、スパロボとかファイアーアムブレム的な確率論を信じて、これらも踏まえて手術の決心をしてました。
夕飯から初めて病院食を食べましたね。
メニューは白米150gとさば味噌とおひたしとかそんな感じだったと思います。
ちょっと量が少なめに感じたけど、スケジュール的に18時(夕飯)で22時には消灯で就寝というスケジュールだったので、お腹が減る前に寝れてしまえば大丈夫ですね。
まぁ、人生初手術というプレッシャーに負けて熟睡は出来なかったんですけどね。
この状況、なってみたら寝られるわけがない。
絶食の入院2日目
この日は絶食だと事前に説明を受けてたのですが、夜が明けて朝8時になると朝食が目の前に運ばれてきました。
ぼく「あれ?今日絶食って聞いてるんですけど…(お腹空いたなぁ)」
看護婦さん「確認します。失礼しました。前の担当が食事を止め忘れてたみたいです。すみません。」
寝れない夜を過ごしてしまい、ここでの生殺しは効きましたね。
こんなに美味しそうに見えた朝飯は他になかったと思う。
実は手術当日の0時からは固形物を食べるのを禁止されていて、手術の3時間前には飲み物を禁止されました。これには理由があり、手術中に胃から逆流して呼吸困難になるのを防ぐためとか、そんな感じだったと思います。
デイルームであったかいほうじ茶が飲み放題の病院だったので、飲み物禁止される前にそれだけ飲んでゴロゴロして時間を潰してました。
いざ手術のとき…
手術の1時間前までにはコレに着替えておいてくださいと言われた患者用の手術着が着るのが難しすぎて一人じゃ着れなかったので、即ナースコール連打した。(ネットで調べても出てこなかった)
看護婦が駆けつけると、パンイチで着替えにモタつく男が一人。
看護婦さんからしたら見慣れた光景なのか、慣れた手付きで着させてもらえた。
ぼく「手術中はコレ一枚だけですか?」
看護婦「はい」
「郷は郷に従え」とはよく言うが、ノーパン経験が薄いので手術室まで薄い手術着一枚で手術室まで歩いていくのは、自分の中の何かを失った気がした。
手術室の前に着くと、頭にキャップを被させられた。ついでに名前を言わされたり、人違いとかで絶対にヴェノムスネークみたいなのが爆誕しないようになっていた。
手術台の上ぇ!何を思うー!?
手術台の上で、左手に点滴を刺され、酸素マスクをする。
医者1「徐々に眠たくなりますからねー」
医者2「点滴どこに刺すの?どこ?ここ?」
医者3「やべぇよやべぇよ…」
ぼく(お目々パッチリすぎて眠くなる気配が無いな…ここから一気に知らない天井だってなるんだろうか)
~体感5秒後~(実際は2時間経過してる)
医者「手術終わりましたよー」
ベッド(カラカラカラカラ!!)
ぼく「・・・・・!!」
目が開いてるのにあんまり見えず、ベッドが運ばれる感覚だけ身体に伝わってきながら、自分の病床に戻ってきた。
ぼく「・・・・・・・・。」
ぼく(知らない天井だ・・・)
余裕ないのにこれは一度やってみたかっただけ。
ぼく「・・・・・・・・。」
ぼく(気持ち悪い。)
ぼく「だ、誰かいますかー?(意識もうろう+かすれた声)」
ぼく「吐きそうです…」
ぼく「オエー(AA略)」
飯食ってないから胃液しか出なかったけど、枕の横に吐いてしまった。
そういえば、麻酔が完全に抜けるまで気持ちが悪いのと頭がグルグルする感覚がありますと事前に説明を受けてたことを思い出した。あぁ、そうか。こういう感覚のことを言うのか。・・・・・・つら。
というより、ベッドが運ばれる感覚がある場面で目覚めてしまったからか、8割は乗り物酔いに近い感覚だった。
あと、人工呼吸器で喉が乾燥してて痛い。これも事前に説明を受けてた内容だったけど、その内容に見事に全部当てはまってしまった。ハメや。
しばらく吐き気と意識がもうろうとする眠気のラッシュが続く
右足は動かなくなった。そして、吐いたから少しラクになった気がするけど、少しクラクラする。
全然楽じゃない。傷を治すためにむしろ悲惨なことになってる。
そんでもって、なぜか枕が無い。様子を見に来た看護婦さんに「枕が欲しい」と伝えたら、血の巡りの関係でそれはダメだと言われたのが辛かったことを覚えてる。
ついでに看護婦さんにパンツを履かされたことも覚えてる。
ナチュラルにTNTNを見られてしまったけど、向こうからしたら慣れたものだし、特に何も無かった。向こうがノーリアクションなら俺もノーリアクションで勝負だと、余裕の笑みで腰を浮かせてパンツを履かせてもらった記憶だけある。
キモイやつだ。
2時間寝て、1時間起きて、2時間寝るってのを繰り返してたら、夕方だった。
だいぶ意識も戻ってきて、次はお腹が空いてるのがつらいと思えるぐらいに健康な状態に戻ってた。
一人でいけなくなったトイレ問題
右足を使って歩けなくなったので、トイレに行くのもいちいちナースコールを押して車椅子で運んでもらうことになってた。
あんまり人に迷惑かけたくないタイプの性格をしてるので、これが一番自分に効いた。一人でトイレにも行けない、こんな惨めな体験あるかと思う。ただ、老後もそうなるかもしれないし、その前借りだと思って散々世話になった。
尿瓶とか、尿道で管通すパターンもあったらしいけど、気がついたら車椅子でトイレに身体を運んでもらうタイプだった。っていうか、おしっこのことをお小水って言うの初めて知ったね。入院することでまた一つ賢くなってしまった。
ただ、トイレに一人で行けなくなったと思う程に途端にトイレが近くなってた。この日は2時間に1回はトイレに行ってた気がする。
一人でトイレに行けなくなることがこんなに辛いと思わなかったので、早く松葉杖を着いたリハビリを始めたくて仕方がなかった。
サンドイッチ程度なら食べていいと言われた夜
酔いも覚めて、右足が動かないこと以外は元気になり、体調が回復したので下の施設のコンビニで何か買ってきて食べても良いよと許可が降りたので、車椅子で病院施設のセブンイレブンに運んでもらい、サンドイッチとプリンを買って食べてた。
この判断はお腹が空いてたので本当に助かった。右足が動かない以外は元気だったからね。このままハラヘリの夜を迎えるパターンだったら割と地獄だっただろうな。
本当はおにぎりが食べたかったけど、我慢した。
リハビリ開始の入院3日目
朝になって、俺も食べることができる朝食が運ばれてきた。
昼間に寝すぎて夜に寝れないのが辛かったから、朝飯を食べ終わったぐらいの時間が一番眠い。
昼過ぎ頃にようやく松葉杖をゲットしてリハビリを開始した。
が、松葉杖をついた歩行が難しすぎて数メートル移動しただけで「ゼェハア・・・」息を上げてる自分がいた。
松葉杖舐めてましたわ。
平地を歩いたり、階段を上り下りする訓練をした。散々練習した階段の反対側に本来の高さの階段が配置してあって、最後にこれをやらされたのは鬼かと思った。帰り道に階段なんて無いのに。
まぁ、何がつらいのかここで分かったからリハビリをやっておいて良かったとは思った。
晩飯を食べて、松葉杖を1人でトイレに行けるようになった夜が嬉しかった。
1人でトイレに行けることがこんなに嬉しいことはないと思うほどだった。
退院日 4日目の朝
予定通り術後1日経過で退院した。このまま居続けると、¥7,000/1日追加で費用が掛かってしまうので、世話になるのもいいけど自宅が恋しくなった俺は退院を選択した。
松葉杖をつきながら、病院内で手術費諸々の会計を済ませてタクシーで自宅の前まで帰ってきました。いつもなら気にもしない家の周りのちょっとした段差が全部つらい。家の中だとトイレに行くまでが一番段差があるので、トイレに行くことがしばらくつらいことになるのは考えなくてもすぐにわかった。
それにしても、2,3日家に帰ってなかっただけでかなり久々に感じる。急いで家を出たときのままで、狭くて散らかってる。部屋の中央に配置されたクソデカゲーミングチェアだけがやけに目立つ、いつもの部屋に帰ってきたのだ。
家の中では松葉杖をついて歩き回れるほど広くもないので、なるべく家具を手すりとして使って左足だけで移動してた。皮肉なことに手すりの無い場所では、元気な方の足でTステップをしながら移動してた。
ケガをした動きで動き回らないといけないなんてなぁ。
嬉しいことにいい感じに散らかってたこともあり、部屋の動線に対して手すりが存在したことがかなり助かった。そして、クソデカゲーミングチェアくんも部屋の中央で回る手すりとして大いに活躍してくれた。ただ散らかってるだけなのに、嬉しい誤算とはこの事かと理解した。
急遽訪れた食糧難
家でゆっくりするにも右膝以外は完全に元気なので、何もしなくてもお腹は減る。
家の冷蔵庫を開けるも、納豆とニンジンしか入ってなくて絶望した。
米は炊けばあるけど、納豆がなくなったら苦しい。頼みの綱は親に買い物を頼むこと以外しか思い浮かばなくて、入院中に電話をして偶然遊びに来てもらう約束をしていたので、来てもらえるタイミングで食べ物を買ってくるように色々頼んでおいたから助かった。
望み通り近くのスーパーでレトルト食品やらパスタとパスタソースやら欲しいものを全部マッマが買ってきてくれた。多分、これが無かったら今頃餓死してたと思う。というより、出前とか取ってて高くついてただろうね。高額医療費を負担したばかりだから、安く済ませられることは助かる。
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口内炎と喉の痛みがひどい
家での生活に戻ってきてから数日後…
不幸なことに口の右側に口内炎が4つもできてた。
しかも、喉が腫れてて喋ろうとすると、いちいち痛い。そんなこともあり、口の左側でしか咀嚼できず満足に食事もとれない都合から食が細くなった。
手術中の出来事が何があったかは全然分からないけど、口に何か人工呼吸器とかを入れたり取り出す際に歯が欠けることもあるとか説明を受けてたから、多分それ系で同じように歯茎とか口内をズタズタにされてたんだと思う。
寝る時間は少し変だったけど、ちゃんと寝てたし、病院食を食べてたし栄養不足ってことは無いだろうから、やっぱり人工呼吸器を口に入れるときにやられたんだろうな。喉も痛いのは多分そういうことだ。
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親にチョコラBBも一緒に買ってきて貰ったけど、薬も飲みつつ1週間ちょいぐらい経過したら痛みは少し引いてきた。喉の腫れはまだ続いてるけど、同じく楽になってきた。今思えば、ちゃんと別件で病院に行くべきだったかもしれない。
口内炎が口の中に4つもできるのは人生初だったから、かなりしんどかった。負の連鎖というのは、連なるものですね。
退院してから約1週間が経過
本当は松葉杖をついたままの生活を余儀なくされることになってるんだけど、手術した方の脚に体重の3割ぐらいかけて歩けるようになってた。
そして、歩いて向かわなきゃいけない場所があるので、映画館へと向かっていた。
5月3日になんとか新宿TOHOシネマズまで歩いて行き、ネタバレ阻止のためにアベンジャーズ エンド・ゲームを観に行ったのだ。ある意味、これを楽しみにしてたから自分の治癒力を限界まで高められてた気がする。
今となっては、退院後の楽しみも早いうちに回収できたので満足です。
もし手術することになったら、高額療養費制度を活用しよう
自分もまだ調べつつ、書類を書いている最中となりますが、健康保険に加入していて、手術費用など医療費が高額になってしまった場合は、高額療養費制度を活用しましょう。
退院証明書発行後2年間までは、有効となりますので加入者は活用するべきです。
詳しくはこちら。
全国健康保険協会|高額な医療費を支払ったとき
まとめ
突如、自分にとっての当たり前が奪われることは本当につらい。
だから、全世界にスーツを配備しろと言ったんだとかそんな気分になる。
BUMP OF CHICKENのsupernovaの歌詞そのままっぽくなるけど、「大事なものは無くなってから気付くんだ」ということを痛いほど理解した。
とりあえず、食糧難の窮地を救ってくれた親にも感謝です。
あと、神に感謝。
術後完治するには、3ヶ月ぐらい掛かるみたいですけど、1ヶ月もすれば大分歩けるようになるみたいですね。完治したら軽いランニングや、フィットボクシングなどの軽い運動を再開させたいところです。
完治させられる希望を持てたのでなんとかなってますけど、このまま完治せずにダークサイドへ堕ちてしまうと「お前も二度とフィットボクシングできない身体にしてやる!!」とか言いそうな雑魚キャラになってるところでしたね。
そんなこともあり、人生初手術の話でした。
何がともあれ、健康が一番です。
みなさんも日常を奪われたくなければ、怪我に気をつけて健康にはなるべく気を配ってくださいね。
それじゃ。
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